配偶者暴力防止法(正式名称:配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律、通称:DV防止法)は、2001年(平成13年)に制定された法律です。この法律は、配偶者からの暴力に関する通報、相談、保護、自立支援等の体制を整備し、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護を図ることを目的としています。
この法律の前文では、配偶者からの暴力が「犯罪となる行為をも含む重大な人権侵害」であると明記されています。また、被害者の多くが女性であり、経済的自立が困難な女性に対する暴力は個人の尊厳を害し、男女平等の実現の妨げになるとの認識が示されています。
配偶者暴力防止法は、2004年、2007年、2013年、そして2023年(令和5年)と数回にわたり改正され、保護の対象や内容が拡充されてきました。最新の改正は2024年4月1日から施行されています。
配偶者暴力防止法における「配偶者」とは、法律上の婚姻関係にある夫婦だけでなく、事実婚(内縁関係)のパートナーも含まれます。また、離婚後(事実婚の解消後)も、引き続き暴力を受ける場合は保護の対象となります。
さらに、2013年の改正により、生活の本拠を共にする交際相手(同棲している恋人)からの暴力も、この法律が準用されることになりました。同居を解消した後も引き続き暴力を受ける場合も含まれます。ただし、同居したことのない交際相手からの暴力は対象外です。
「暴力」の定義については、身体的暴力だけでなく、精神的暴力(人格を否定する暴言、無視を続けるなど)や性的暴力(嫌がっているのにアダルト映像等を見せるなど)も含まれます。これらは「心身に有害な影響を及ぼす言動」として定義されています。
ただし、保護命令の対象となる暴力は、身体に対する暴力や生命、身体、自由、名誉または財産に対する脅迫に限定されていました。しかし、2024年4月の改正により、精神への重大な危害のおそれがある場合にも保護命令が拡大されました。
保護命令とは、被害者の生命または身体に危害が加えられることを防止するため、裁判所が被害者からの申立てにより、加害者に対して一定の行為を禁止するものです。保護命令には以下の種類があります。
保護命令の申立ては、被害者本人が地方裁判所に対して行います。申立てには、配偶者からの身体的暴力または生命・身体・自由・名誉・財産に対する脅迫があったこと、そして将来も暴力を受けるおそれがあることを証明する必要があります。
2024年4月の改正により、接近禁止命令等の申立てができる被害者に、「自由、名誉または財産」に対する加害の告知による脅迫を受けた者が追加されました。また、発令要件も「心身に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」に拡大されました。
保護命令に違反した場合、2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金に処せられます(改正前は1年以下の懲役または100万円以下の罰金)。
配偶者からの暴力と不倫が絡む離婚ケースでは、法的にどのような対応が可能なのでしょうか。このような複雑なケースでは、双方の責任の重さに応じて判断されることになります。
例えば、「夫から暴力を受けていたが、妻が不倫してしまった」というケースでは、主に相手の暴力によって夫婦関係が破綻したのであれば、妻からの離婚請求は認められる可能性が高いです。一方、夫の暴力が軽微で妻の不貞行為の責任が重い場合には、妻からの離婚請求が認められない可能性もあります。
重要なのは、暴力を受けて別居した後に不倫が始まった場合です。夫婦が不仲によって別居した場合、別居から一定期間経過後は夫婦関係が破綻したと考えられます。そのため、その後に別の異性と関係を持っても、それは夫婦関係破綻の原因とはならず、法的責任が生じない可能性があります。
特に、配偶者の暴力が原因で別居し、その後に不倫が始まった場合には、暴力に主たる原因があるとみなされ、相手が拒否していても、訴訟で暴力を立証すれば離婚が認められる見込みが高くなります。
DVが認定されると、民法770条1項5号の「婚姻を継続しがたい重大な事由」に該当し、離婚原因となります。DVによる離婚請求は、夫婦の別居期間が短くても認められることがあります。
配偶者暴力相談支援センターは、配偶者暴力防止法に基づいて設置された機関で、被害者の保護や自立支援を行っています。都道府県が設置する女性相談支援センターその他の適切な施設において、配偶者暴力相談支援センターの機能を果たしています。また、市町村も自らが設置する適切な施設において、配偶者暴力相談支援センターの機能を果たすよう努めています。
配偶者暴力相談支援センターでは、以下のような支援を行っています。
相談は無料で、秘密は厳守されます。相談者の情報が加害者に漏れることはありません。緊急の場合は24時間対応している支援センターもあります。
2024年4月1日から施行された配偶者暴力防止法の改正では、保護命令制度の拡充と被害者支援の強化が図られました。主な改正ポイントは以下の通りです。
これらの改正により、精神的DVによる被害者も保護命令を申し立てることができるようになり、保護期間も延長されるなど、被害者保護が強化されました。また、SNSなどを通じた新たな形態の暴力にも対応できるようになりました。
配偶者間の暴力は、その場に居合わせる子どもにも深刻な影響を与えます。子どもが直接的な暴力を受けなくても、親の間の暴力を目撃することで心理的トラウマを負うことがあります。これは「面前DV」と呼ばれ、児童虐待防止法では心理的虐待に該当します。
2024年の配偶者暴力防止法改正では、子どもの保護に関する新たな取り組みとして、被害者と同居する未成年の子への電話等禁止命令が新設されました。これにより、加害者が子どもに対して電話やメール、SNSなどを通じて接触することを禁止できるようになりました。
また、子への接近禁止命令と組み合わせることで、加害者が子どもを通じて被害者の居場所を探ったり、心理的圧力をかけたりすることを防止する効果が期待されています。
さらに、配偶者暴力相談支援センターでは、被害者だけでなく同伴する子どもの一時保護も行っています。子どもの心のケアや学習支援など、子どもの状況に応じた支援も提供されています。
子どもの安全と心身の健康を守るためには、早期の相談と適切な支援が重要です。配偶者からの暴力に悩んでいる方は、子どもへの影響も考慮して、早めに専門機関に相談することをお勧めします。
配偶者暴力防止法の基本的な内容について詳しく解説されている内閣府男女共同参画局のページ
配偶者からの暴力は、被害者の職業生活にも大きな影響を与えることがあります。加害者が職場に押しかけたり、執拗に電話をかけたりすることで、被害者は仕事を続けることが困難になるケースもあります。また、暴力によるケガや精神的ストレスで仕事のパフォーマンスが低下することもあります。
2024年の法改正では、被害者の自立支援のための施策や関係機関の連携・協力が基本方針の必要的記載事項とされました。これにより、職場との連携も含めた総合的な支援体制の構築が進められています。
企業側でも、DVの被害者である従業員を支援するための取り組みが広がっています。例えば。
被害者が経済的に自立することは、暴力的な関係から脱却するための重要なステップです。職場での理解と支援は、被害者の自立と回復を助ける大きな力となります。