国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約と親権問題

国境を越えた子の連れ去りに関する国際的なルール「ハーグ条約」について解説します。国際結婚・離婚時の親権問題や子の返還手続きなど、知っておくべき重要ポイントとは?あなたの家族を守るために必要な知識を身につけませんか?

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の重要ポイント

ハーグ条約の基本情報
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正式名称

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約

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加盟国数

103か国(2022年12月末時点)

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日本の発効日

2014年4月1日

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の概要と目的

「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」(通称:ハーグ条約)は、国境を越えた子どもの不法な連れ去りや留置をめぐる紛争に対応するための国際的な枠組みです。この条約は1980年10月25日にハーグ国際私法会議で採択され、1983年12月1日に発効しました。日本は2014年4月1日に加盟し、現在は103か国が締約国となっています。

 

ハーグ条約の主な目的は以下の通りです。

  • 子どもの利益を最優先する考えのもと、国境を越えた不法な連れ去りや留置から子どもを保護する
  • 子どもを元の居住国(常居所地国)に迅速に返還するための手続きを確立する
  • 国境を越えた親子の面会交流の実現のための締約国間の協力を促進する

この条約は、親権を持つ親から子を拉致したり、子を隠匿して親権の行使を妨害したりした場合に、拉致が起こった時点での子どもの常居所地への帰還を義務づけることを目的としています。重要なのは、この条約自体は親権や面会交流権について判断するものではなく、あくまでも子どもの居住国の裁判所の権限を尊重するために作られたものだということです。

 

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約における中央当局の役割

ハーグ条約は、各締約国に「中央当局」と呼ばれる機関の設置を義務付けています。日本では外務省が中央当局として指定されており、条約の実施において重要な役割を担っています。

 

中央当局の主な役割は以下の通りです。

  1. 他国の中央当局との連携・協力
    • 子どもの所在特定のための情報交換
    • 子どもの社会的背景に関する情報の交換
    • 返還手続きや面会交流に関する協力
  2. 援助申請の受付・処理
    • 子の返還援助申請の受付・審査
    • 面会交流援助申請の受付・審査
    • 当事者間の連絡の仲介
  3. 友好的解決の促進
    • 子の任意の返還の促進
    • 裁判外紛争解決手続(ADR)機関の紹介
    • 弁護士紹介制度の案内
  4. 面会交流の支援
    • 親子交流(面会交流)支援団体の紹介
    • ビデオ通話による面会の実現支援

中央当局は、子どもを連れ去られた親と子どもを連れ去った親の両方に対して、問題解決に向けた支援を行います。特に、裁判手続きに頼らない友好的な解決方法を模索することが重視されています。

 

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約に基づく子の返還手続き

ハーグ条約に基づく子の返還手続きは、主に以下のステップで進められます。

  1. 援助申請の提出
    • 子どもを連れ去られた親は、自国の中央当局または子どもが連れ去られた国の中央当局に援助申請を提出します。
    • 日本の場合、外務省が申請を受け付けます。
  2. 申請の審査と子の所在確認
    • 中央当局は申請内容を審査し、子どもの所在を特定するための情報収集を行います。
    • 必要に応じて他国の中央当局と協力して調査を進めます。
  3. 任意の返還の促進
    • 中央当局は、まず当事者間の話し合いによる友好的解決を促します。
    • 民間調停センターなどの裁判外紛争解決機関(ADR)を紹介することもあります。
  4. 裁判手続きの開始
    • 任意の返還が実現しない場合、裁判手続きが開始されます。
    • 日本では東京家庭裁判所と大阪家庭裁判所が管轄裁判所として指定されています。
  5. 返還の判断
    • 裁判所は、子どもの返還事由(第27条)と返還拒否事由(第28条)を検討します。
    • 返還拒否事由には、子どもが心身に害を受ける重大な危険がある場合などが含まれます。
  6. 返還命令の執行
    • 返還が命じられた場合、子どもの出国を禁止する措置や強制執行に関する規定が適用されます。
    • 2020年4月1日以降は、返還の強制執行に関する規定が改正され、より実効性のある執行が可能になりました。

この手続きは、子どもの利益を最優先に考慮しつつ、迅速に進められることが重要です。裁判所は子どもの返還について判断する前に、親権について判断することは禁じられています(条約第16条)。

 

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約と面会交流支援

ハーグ条約は、子どもの返還だけでなく、国境を越えた親子の面会交流(面会その他の交流)の実現についても重要な規定を設けています。特に、離婚や別居により子どもと離れて暮らす親にとって、この面会交流支援は非常に重要な意味を持ちます。

 

面会交流に関する主な支援内容は以下の通りです。

  1. 面会交流援助申請
    • 面会交流をする権利を持つ親は、自国または子どもが居住する国の中央当局に援助申請を行うことができます。
    • 申請には、面会交流の権利を証明する書類や希望する面会交流の内容などを記載します。
  2. 当事者間の連絡仲介
    • 中央当局は、面会交流を希望する親と子どもの同居親との間の連絡を仲介します。
    • 言語の違いや感情的な対立がある場合でも、中立的な立場から交渉を支援します。
  3. 面会交流の方法
    • 直接対面での面会
    • ビデオ通話による面会
    • 手紙やプレゼントの交換
    • 写真や近況報告の共有
  4. 面会交流支援団体の紹介
    • 専門的な支援団体を紹介し、安全で円滑な面会交流の実現を支援します。
    • 必要に応じて通訳サービスの手配も行います。

実際の運用状況を見ると、外務省の報告によれば、面会交流援助の申請を受けた事案では、子どもの同居者からの応答がない一部の事案を除き、多くの事案で両当事者間の連絡の仲介が実現しています。中には、実際の面会交流が実現した事案や、ビデオ通話による面会が実現した事案も含まれています。

 

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約と国際離婚の心理的影響

国際結婚の破綻と子どもの連れ去り問題は、関係するすべての人に深刻な心理的影響を与えます。特に子どもは、親の葛藤の中で最も傷つきやすい存在です。ハーグ条約の適用過程においても、当事者の心理的側面への配慮が重要になります。

 

子どもへの心理的影響:

  • 突然の環境変化によるストレスと不安
  • 言語や文化の違いによる適応の困難
  • 片方の親との関係断絶による喪失感
  • 親の対立の狭間に立たされることによる忠誠葛藤
  • アイデンティティの混乱

連れ去られた親の心理:

  • 子どもを突然失った悲嘆と喪失感
  • 無力感と絶望
  • 怒りと復讐心
  • 長期化する法的手続きによる疲弊
  • 経済的・精神的負担

連れ去った親の心理:

  • 相手親からの虐待や暴力からの逃避(ケースによる)
  • 子どもを守りたいという保護本能
  • 故郷や文化的背景への帰属意識
  • 法的制裁への恐怖
  • 孤立と不安

これらの心理的側面を考慮すると、ハーグ条約の手続きにおいては、単に法的な解決だけでなく、心理的なサポートも重要です。特に子どもの心理的安定を最優先に考え、両親間の対立が子どもに与える影響を最小限にする工夫が必要です。

 

専門家による心理カウンセリングや、文化的背景を理解したうえでの調停など、多角的なアプローチが求められます。また、返還後の子どもの適応支援や、両親間の関係修復のためのプログラムなども、長期的な解決には不可欠です。

 

外務省のハーグ条約に関する公式ページ - 条約の基本情報や援助申請の方法について詳しく解説されています

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の日本における実施状況

日本は2014年4月1日にハーグ条約を発効させ、同時に「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(実施法)を施行しました。日本の条約加盟から現在までの実施状況を見ていきましょう。

 

日本の実施体制:

  • 中央当局:外務省
  • 管轄裁判所:東京家庭裁判所と大阪家庭裁判所に集中
  • 返還手続きの非公開制
  • 子の出国禁止制度の創設
  • 強制執行に関する規定の整備(2020年4月に改正)

実施状況の統計(初年度の例):
実施法施行後の初年度(2014年4月1日~2015年3月31日)における援助申請の状況は以下の通りでした。

  • 総申請数:113事案(子どもの数:158名)
  • 内訳。
    • 外国返還援助(日本からの子の返還)
    • 日本返還援助(日本への子の返還)
    • 外国面会交流援助
    • 日本面会交流援助

    これらの事案の中には、子どもとの面会交流が実現した事案や、ビデオ通話による面会が実現した事案、外国の裁判所における裁判手続により子どもの元の国への返還が実現した事案などが含まれています。

     

    日本の加盟による変化:
    日本がハーグ条約に加盟したことで、以下のような変化がありました。

    1. 国際的な子の連れ去り問題に対する法的枠組みの確立
    2. 日本から外国への子の連れ去りに対する救済手段の提供
    3. 外国から日本への子の連れ去りに対する返還手続きの整備
    4. 国境を越えた面会交流の実現のための支援体制の構築
    5. 子の連れ去りを理由とする渡航制限の改善

    一方で、課題も指摘されています。例えば、返還命令の実効性の確保、子どもの意見表明権の保障、DV(家庭内暴力)事案における適切な対応などが挙げられます。また、条約の適用範囲外となる締約国以外の国との間での子の連れ去り問題については、依然として有効な解決手段が限られています。

     

    法務省:国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の概要 - 実施法の詳細な解説と手続きの流れが図解されています

    国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約と国際結婚における予防策

    国際結婚をしている、または検討している方にとって、ハーグ条約の知識は予防的な観点からも重要です。特に関係が悪化した場合に備えて、以下のような予防策を講じることが推奨されます。

     

    国際結婚前の準備:

    1. 文化的・法的な違いの理解
      • お互いの国の親権に関する法律の違いを理解する
      • 文化的な価値観や子育ての考え方の違いについて話し合う
      • 将来的な居住国について合意しておく
    2. 婚前契約の検討
      • 離婚時の子どもの居住地や親権について事前に合意する
      • 両国の法律に基づいた有効な契約を作成する
      • 定期的に見直しと更新を行う

    国際結婚中の注意点:

    1. 子どものパスポート管理
      • 両親の同意なしにパスポートが発行されないよう手続きを確認する
      • パスポートの保管場所を両親で合意する
      • 子どもの二重国籍の状況を把握する
    2. 居住国の法的地位の確保
      • 居住国での適切な在留資格を維持する
      • 子どもの居住国での法的地位を確保する
      • 必要な登録や手続きを怠らない
    3. 関係悪化時の対応
      • 感情的な判断で子どもを連れ去らない
      • 専門家(弁護士・カウンセラー)に早期に相談する
      • 調停など話し合いによる解決を優先する

    離婚を検討する際の注意点:

    1. 国際離婚の複雑さを理解する
      • 複数国の法律が関わる可能性を認識する
      • どの国で離婚手続きをするかによって結果が異なることを理解する
      • 子どもの居住地によって親権判断が異なる可能性を考慮する
    2. 専門家のサポートを得る
      • 国際家族法に詳しい弁護士に相談する
      • 必要に応じて心理カウンセラーのサポートを受ける
      • 言語サポートが必要な場合は通訳を手配する
    3. 子どもの最善の利益を優先する
      • 子どもを親同士の争いに巻き込まない
      • 子どもの意見や感情に耳を傾ける
      • 両親との関係を維持できる解決策を模索する

    これらの予防策は、ハーグ条約の適用が必要になる状況を未然に防ぐために重要です。特に、子どもの連れ去りは、たとえ善意からであっても、法的には深刻な問題を引き起こす可能性があることを認識しておくべきです。

     

    弁護士長友隆典のブログ:国際的な家族の問題②国際離婚と子供の親権 - 国際離婚における実務的なアドバイスが掲載されています