名誉毀損罪は、刑法230条1項に規定されており、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する」と定められています。離婚時に特に注意すべきは、怒りや悲しみから感情的になり、配偶者の不貞行為やモラハラなどの事実をSNSや周囲の人に暴露してしまうことです。
名誉毀損罪が成立するためには、以下の2つの要件を満たす必要があります。
離婚時に注意すべき点として、たとえ暴露する内容が真実であっても、名誉毀損罪は成立する可能性があります。刑法上、事実の真偽は問われないためです。ただし、公共の利害に関する事実で、公益目的で行われ、かつ真実であると証明できれば、罰せられない場合もあります(刑法230条の2)。
SNSで離婚を報告する際、「夫のモラハラにより離婚しました」「妻の不貞行為が原因で離婚に至りました」などと具体的な離婚理由を記載することは、名誉毀損のリスクが非常に高いといえます。
SNSの特性として以下の点に注意が必要です。
実際のケースでは、「友達限定」の投稿であっても、その内容が拡散されれば名誉毀損罪に問われるリスクがあります。2023年の弁護士ドットコムへの相談事例では、インスタグラムやSNSで夫のモラハラや暴言を記載して皆に知らせたいという相談に対し、名誉毀損のリスクが指摘されています。
離婚報告をSNSで行う場合は、「このたび離婚しました」など事実のみを伝え、相手の社会的評価を下げるような内容は避けるべきでしょう。
不倫は離婚原因として最も多いものの一つですが、その事実を第三者に暴露することは名誉毀損行為に該当する可能性が高いです。特に注意すべきは、不倫の事実が真実であっても、それを公然と摘示することで名誉毀損罪が成立する点です。
不倫の暴露が問題となるケース。
これらの行為は、刑事責任(名誉毀損罪)だけでなく、民事上の責任も問われる可能性があります。民事上は不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求の対象となり、慰謝料の支払いを命じられることがあります。
また、職場への通報は、場合によっては信用毀損罪や業務妨害罪といった別の刑事犯罪にも該当する可能性があります。不倫の事実を暴露することで、当初は穏便に済ませたいと考えていた相手が徹底抗戦の姿勢に転じ、離婚交渉が難航するケースも少なくありません。
名誉毀損行為は、離婚調停や裁判にも悪影響を及ぼします。特に以下のような影響が考えられます。
離婚調停は、裁判所で調停委員立会いのもとで行われる「話し合い」です。双方が譲り合いながら合意点を探るプロセスであり、一方的な感情的行動は解決を遠ざけます。
実際のケースとして、2017年に話題となった松居一代さんと船越英一郎さんの離婚問題では、松居さんがブログや動画で船越さんの「恐怖のノート」などを公開したことが問題視されました。このような行為は離婚調停において不利に働き、最終的には裁判での解決を余儀なくされるケースが多いです。
離婚の過程で、配偶者から虚偽の事実を摘示されるケースも少なくありません。例えば、実際には存在しないDVや不貞行為をでっち上げられるなどの被害です。このような場合の対処法について解説します。
でっち上げ被害への対処法。
虚偽のDVをでっち上げられた場合、離婚協議や調停では当事者間の合意がなければ離婚は成立しません。しかし、離婚裁判では裁判所が判断を下すため、でっち上げられた証拠によって離婚が成立してしまうリスクがあります。
また、名誉毀損の被害を受けた場合、刑事告訴だけでなく、民事上の対応として以下の請求が可能です。
特にインターネット上での名誉毀損については、投稿の削除請求と併せて慰謝料請求を行うケースが多いです。
名誉毀損罪の時効や法的手続きについて理解しておくことも重要です。
名誉毀損罪の時効は、犯罪行為が終わった時から3年とされています。例えば、インターネット上の書き込みの場合、書き込まれた時から3年が時効となります。ただし、名誉毀損が継続的に行われている場合(SNS上の投稿が削除されずに残っている場合など)は、その行為が終了するまで時効は進行しないと解釈される可能性もあります。
名誉毀損罪で告訴する場合の法的手続きは以下の通りです。
名誉毀損罪は親告罪であるため、被害者からの告訴がなければ原則として訴追されません。告訴期間は犯人を知った日から6か月以内とされています。
民事上の損害賠償請求については、不法行為の時から3年、または損害および加害者を知った時から1年で時効が成立します(民法724条)。
離婚は感情的になりやすい出来事ですが、法的リスクを避けるためには感情をコントロールすることが重要です。以下に具体的な方法を紹介します。
感情コントロールと法的リスク回避のポイント。
特に不倫が原因の離婚では、相手や不倫相手に対して強い怒りを感じるのは自然なことですが、その感情から法的リスクを伴う行動に出ないよう注意が必要です。
弁護士を介入させることで、感情的な対立を避けながら法的に適切な対応を取ることができます。弁護士は依頼者の感情を理解しつつも、法的リスクを最小限に抑えた戦略を立てることができるプロフェッショナルです。
名誉毀損罪と離婚に関連する実例や判例を見ることで、具体的なリスクと対応策を理解できます。
【実例1】SNSでの離婚報告による名誉毀損
ある女性が、Instagramで「夫のDVと不倫が原因で離婚しました」と投稿。夫から名誉毀損で訴えられ、投稿の削除と50万円の慰謝料支払いを命じられた事例があります。裁判所は「事実の真偽にかかわらず、公然と夫の社会的評価を低下させる事実を摘示した」と判断しました。
【実例2】職場への不倫通報による業務妨害
妻が夫の不倫相手の職場に不倫の事実を通報。不倫相手から名誉毀損と業務妨害で訴えられ、慰謝料100万円の支払いを命じられました。裁判所は「私的な問題を職場に持ち込み、業務に支障を来たした」と判断しています。
【判例】最高裁平成9年9月9日判決
この判決では、「たとえ真実であっても、公然と人の社会的評価を低下させる事実を摘示した場合、原則として名誉毀損罪が成立する」との判断が示されています。ただし、「公共の利害に関する事実で、専ら公益を図る目的で摘示し、かつ真実であることが証明された場合は違法性が阻却される」とも判示されています。
これらの実例や判例から、離婚時の感情的行動が法的リスクにつながることが明らかです。特に注意すべきは、事実であっても公然と摘示することで名誉毀損が成立する点です。
法定離婚事由と名誉毀損罪の関連性を理解することも、離婚過程での法的リスク回避に役立ちます。
民法770条は、裁判上の離婚が認められる法定離婚事由として以下の5つを定めています。
これらの事由は、離婚裁判で離婚を認めるための要件ですが、これらを公然と摘示することは名誉毀損のリスクを伴います。特に不貞行為や悪意の遺棄などは、相手の社会的評価を低下させる事実に該当するため、注意が必要です。
離婚裁判では、これらの事由を主張・立証する必要がありますが、裁判所という限られた場での主張は「公然性」の要件を満たさないため、名誉毀損には当たりません。しかし、同じ内容をSNSや周囲の人に話すことは名誉毀損のリスクがあります。
また、離婚裁判で主張・立証するための証拠収集においても、盗聴や無断での写真撮影など、違法な手段による証拠収集は避けるべきです。
離婚と名誉毀損の問題は複雑であり、専門家のアドバイスを受けることが重要です。弁護士に相談することで得られるメリットは以下の通りです。
特に不倫が原因の離婚では、感情的になりやすく、相手や不倫相手に対して制裁を与えたいという気持ちが生じやすいものです。しかし、そのような感情から法的リスクを伴う行動に出ると、かえって自分が不利な立場に立たされる可能性があります。
弁護士は依頼者の感情を理解しつつも、法的に適切な対応を助言できるプロフェッショナルです。離婚を考え始めた早い段階で弁護士に相談することで、多くの問題を未然に防ぐことができます。
また、名誉毀損の被害を受けた場合も、適切な対応について弁護士のアドバイスを受けることが重要です。特にインターネット上での名誉毀損については、証拠の保全方法や削除請求の手続きなど、専門的な知識が必要となります。
離婚と名誉毀損の問題は、法律だけでなく感情的な側面も大きく関わる複雑な問題です。専門家のサポートを受けながら、冷静に対応することが重要です。