2024年1月30日、法制審議会は家族法の改正に向けた要綱案の取りまとめに入りました。この改正は早ければ2025年中にも施行される見込みです。最も注目すべき点は、これまで離婚時に「一方を親権者と定めなければならない」としていた民法第819条が見直され、父母の「双方又は一方」を親権者と定めることが可能になる点です。
この改正により、協議離婚の場合は父母の協議で、裁判離婚の場合は裁判所が、父母の双方または一方を親権者と定めることができるようになります。ただし、誤解されがちな点として、すべてのケースで自動的に共同親権になるわけではありません。状況に応じて単独親権を選択することも引き続き可能です。
共同親権制度導入の背景には、以下のような社会的要因があります。
不倫が原因で離婚に至るケースでは、感情的な対立から親権問題がさらに複雑化することがあります。現行の単独親権制度では、親権を得られなかった親(非監護親)は子どもの法的な決定に関わる権利を失うため、親権をめぐる争いが激化しやすい状況がありました。
不倫問題が絡む離婚では特に以下の点が問題となりがちです。
共同親権制度の導入により、これらの問題が緩和される可能性があります。両親が法的な親としての地位を維持できることで、「親権を失う」という恐怖から解放され、より冷静な判断ができるようになるかもしれません。
ただし、DV(ドメスティック・バイオレンス)や虐待など、他方配偶者に深刻な問題がある場合には、子どもの安全を最優先に考え、単独親権を選択すべきケースもあります。共同親権制度は万能ではなく、ケースバイケースでの判断が必要です。
家族法改正のもう一つの重要なポイントは、法定養育費制度の導入です。この制度では、養育費を定めることなく協議上の離婚をした場合でも、子どもを監護する親が他方の親に対して、「子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用の額その他の事情を勘案して子の数に応じて政省令で定めるところにより算定した額」の支払いを請求できるようになります。
現状では、養育費の取り決めをせずに離婚するケースが多く、離婚後に養育費を継続して受給できている世帯は母子世帯で24.3%、父子世帯ではわずか3.2%という低い水準にとどまっています。法定養育費制度の導入により、養育費の支払い率向上が期待されています。
法定養育費制度のメリット。
ただし、元配偶者が無職や収入が少ない場合など、養育費を支払う能力がない状況では、制度があっても実効性に課題が残ります。理想的には、公的機関が養育費を立て替え払いする制度の導入や、養育費不払いに対する強制執行の簡素化なども検討される必要があるでしょう。
家族法改正では、財産分与請求の期限が現行の「離婚後2年」から「離婚後5年」に延長されます。これにより、離婚時に十分な情報や交渉力がなかったために不利な財産分与に合意してしまった場合や、財産分与を行わずに離婚してしまった場合でも、より長い期間にわたって請求の機会が確保されます。
この改正は特に、以下のようなケースで重要な意味を持ちます。
財産分与は離婚後の経済的自立を支える重要な要素です。特に専業主婦(夫)として家庭を支えてきた場合、離婚後の経済的自立は容易ではありません。請求期限の延長により、より公平な財産分与が実現する可能性が高まります。
法務省:家族法制部会の審議状況について(詳細な法改正の内容と審議経過が確認できます)
家族法改正は離婚調停の進め方にも大きな影響を与えることが予想されます。共同親権制度の導入により、これまでの「どちらが親権者になるか」という二者択一の議論から、「どのように親権を行使するか」という協議へと焦点が移ります。
離婚調停における新たな論点。
特に注目すべきは、共同親権下での「親権の行使方法」についての取り決めです。例えば、子どもの進学先や医療行為への同意など、重要な決定をどのように行うかについて、事前に詳細な取り決めを行っておくことが重要になります。
離婚調停に臨む際の対応策。
共同親権制度の導入により、離婚後も両親が協力して子育てを行う「共同養育(コ・ペアレンティング)」の考え方がより重要になります。これは子どもの健全な成長にとって理想的ですが、元夫婦間のコミュニケーションが円滑でない場合には難しい面もあります。そのため、離婚調停では、共同親権の下での具体的な協力体制について、できるだけ詳細に取り決めておくことが望ましいでしょう。
裁判所:離婚調停手続きの流れ(調停の進め方や必要書類について解説されています)
不倫問題が絡む離婚では、感情的な対立が深刻化しやすく、冷静な判断が難しくなることがあります。家族法改正、特に共同親権制度の導入は、このような状況にどのような心理的影響をもたらすでしょうか。
不倫による離婚と共同親権の心理的側面。
不倫問題を乗り越え、子どもの幸せを最優先に考えるためには、以下のような心理的サポートが有効です。
家族法改正は法的枠組みを変えるものですが、その効果を最大化するためには、当事者の心理的なケアも同時に行われることが重要です。特に不倫問題が絡む場合は、感情的な対立を乗り越え、子どもの幸せを中心に据えた冷静な判断ができるよう、専門家のサポートを積極的に活用することをお勧めします。
厚生労働省:ひとり親家庭等の支援について(心理的サポートを含む各種支援制度が紹介されています)
家族法改正により導入される共同親権制度は、離婚後の面会交流のあり方にも大きな影響を与えることが予想されます。共同親権下では、非同居親(子どもと一緒に住んでいない親)も法的な親としての地位を維持するため、より積極的に子どもとの関わりを持つことが期待されます。
面会交流は子どもの心理的安定にとって非常に重要です。両親との継続的な関係を維持することで、子どもは自分がどちらの親からも愛されていると感じ、自己肯定感を保ちやすくなります。また、離婚という大きな環境変化の中でも、両親との関係が継続することで心理的な安定が得られます。
共同親権下での効果的な面会交流のポイント。
特に注目すべきは、共同親権制度の導入により、「週末だけの面会」から「共同養育(シェアード・ケア)」へと移行する可能性が高まる点です。例えば、「平日は母親宅、週末は父親宅」といった形で子どもが両親の家を行き来する養育形態が増える可能性があります。
ただし、このような形態が子どもにとって本当に良いかどうかは、個々の状況によって異なります。子どもの年齢や性格、両親の住居の距離、学校との関係など、様々な要素を考慮して判断する必要があります。最も重要なのは、子どもにとっての安定感と予測可能性を確保することです。
裁判所:面会交流調停について(面会交流の取り決め方や調停の進め方について解説されています)
家族法改正で導入される法定養育費制度は、離婚後の子どもの生活水準を維持するための重要な施策です。現状では養育費の支払い率が低く、ひとり親家庭、特に母子家庭の貧困率が高いという社会問題があります。
法定養育費制度のポイント。
この制度により、離婚時に養育費について話し合う余裕がなかったケースや、感情的な対立から養育費の取り決めができなかったケースでも、後から養育費を請求できるようになります。これは子どもの権利保護という観点から非常に重要な進展です。
しかし、制度があっても実際に養育費が支払われるかどうかは別問題です。養育費の不払い問題に対処するためには、以下のような取り組みも必要でしょう。
また、養育費の金額設定についても、子どもの実際のニーズに合った適切な金額が設定されることが重要です。単に「最低限度の生活維持」だけでなく、教育費や習い事、医療費なども考慮した総合的な算定方法が望まれます。
厚生労働省:養育費の確保について(養育費の算定方法や確保のための支援制度が紹介されています)
国際結婚・国際離婚のケースでは、各国の法制度の違いが複雑な問題を引き起こすことがあります。日本の単独親権制度は国際的には少数派であり、多くの国では共同親権制度を採用しています。このため、国際離婚では親権をめぐる国際的な法的紛争が発生することがありました。
家族法改正による共同親権制度の導入は、このような国際的な法的紛争を減少させる効果が期待されます。特に以下の点で改善が見込まれます。
国際離婚を検討している方は、以下の点に特に注意が必要です。
家族法改正は国際離婚の問題をすべて解決するものではありませんが、日本の法制度が国際標準に近づくことで、国際的な親権紛争が減少し、子どもの利益がより守られることが期待されます。
外務省:ハーグ条約について(国際的な子の奪取に関する条約の概要と手続きが解説されています)
家族法改正が施行される2025年は、デジタル技術がさらに進化している時代です。共同親権制度の運用においても、デジタル技術の活用と、それに伴う新たな課題が生じることが予想されます。
デジタル技術を活用した共同親権の実践。
一方で、デジタル時代の共同親権には以下のような新たな課題も生じます。
これらの課題に対応するためには、離婚時に「デジタル共同養育計画」を作成することが有効です。この計画には、子どものデジタル機器の使用ルール、オンラインでの情報共有方法、デジタルコミュニケーションのガイドラインなどを含めることができます。
また、法的な面では、共同親権下でのデジタルプライバシーに関する権利と責任の明確化が今後の課題となるでしょう。例えば、子どものSNSアカウント開設に両親の同意が必要かどうか、子どものオンライン活動の監視権限をどう分担するかなど、新たな法的論点が生じる可能性があります。