民法では離婚原因として5つの事由を定めており、その中の一つに「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)があります。統合失調症はこの「強度の精神病」に該当する可能性がある疾患です。
しかし、単に統合失調症という診断があるだけでは、自動的に離婚が認められるわけではありません。裁判所は以下の2つの条件を重視して判断します。
判例では、「精神病の程度が一時より軽快しており近い将来一応退院できるとしても、通常の社会人として復帰し、一家の主婦(夫)としての任務に耐えられる見込みがない場合」に離婚を認めたケースがあります。一方で、「度々入院していても、その都度日常生活に支障がない程度に回復している場合」は不治の精神病には当たらないとされています。
統合失調症の配偶者と離婚する場合、その方の意思能力の有無によって手続きが大きく異なります。
1. 配偶者に意思能力がある場合
意思能力とは、離婚の意味と効果を理解できる能力のことです。統合失調症であっても、症状によっては意思能力がある場合があります。
2. 配偶者に意思能力がない場合
統合失調症の症状が重く、意思能力がないと判断される場合。
離婚訴訟では、統合失調症が「強度の精神病であり回復の見込みがない」ことを証明するために、医師の診断書や鑑定書などの客観的証拠が必要となります。
統合失調症(かつての精神分裂病)を理由とする離婚が認められた代表的な判例をいくつか紹介します。
1. 最高裁昭和45年11月24日判決
妻が精神分裂病にかかり回復の見込みがない事案で、夫からの離婚請求が認められました。裁判所が離婚を認めた理由として。
これらの事情から、離婚後の妻の生活保障が確保されていると判断されました。
2. 東京高裁昭和58年1月18日判決
てんかんと精神薄弱を患い、入院して回復の見込みがない妻に対する夫からの離婚請求が認められました。この事案では。
3. 平成2年地裁判決
アルツハイマー病となった妻が痴呆状態となった事案で、病状は「回復の見込みがない強度の精神病」とは認められなかったものの、長期間にわたって夫婦の協力義務が果たせていないこと、婚姻関係が破綻していることが明らかなことから、民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するとして離婚が認められました。
これらの判例から、単に統合失調症があるというだけでなく、離婚後の療養・生活の保障が確保されていることが重要なポイントとなっていることがわかります。
統合失調症の配偶者との離婚が認められるためには、「療養・監護の具体的方途」が確保されていることが重要です。最高裁判例では、「病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込みのついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当」としています。
具体的方途として認められた例には以下のようなものがあります。
1. 経済的支援の確保
2. 介護・看護体制の確保
3. 公的支援の活用
裁判所は当初、非常に厳格な基準で「具体的方途」を判断していましたが、近年はやや緩和される傾向にあります。しかし、離婚後の精神病者の生活が著しく悪化することがないよう、何らかの保障措置が必要とされることに変わりはありません。
離婚を考える場合は、これらの点を考慮し、配偶者の将来的な療養・生活について具体的な計画を立てておくことが重要です。
統合失調症の配偶者との離婚を考える際、法的な側面だけでなく、倫理的・心理的な側面にも配慮することが重要です。「病めるときも健やかなるときも」という結婚の誓いがある一方で、介護疲れや自身の人生の幸福追求権との葛藤は避けられません。
介護者(配偶者)のメンタルヘルスケア
統合失調症の人を支える配偶者は、しばしば「ケアラー」として大きな負担を抱えています。自分自身のケアを怠らないことも重要です。
離婚を選択する場合の配慮点
離婚を選択する場合でも、以下のような配慮が必要です。
離婚は最終手段であり、まずは医療機関や行政の支援サービスを最大限活用して婚姻関係の維持を試みることが望ましいでしょう。しかし、あらゆる努力を尽くしても関係修復が難しい場合は、双方にとって最善の選択を考える必要があります。
厚生労働省「こころの健康や病気」家族・周囲の人の接し方について参考になる情報
統合失調症の配偶者との関係に悩んでいる場合、必ずしも離婚だけが選択肢ではありません。状況に応じた代替案や将来設計を検討することも重要です。
1. 法的婚姻関係を維持したまま生活を再構築する選択肢
2. 将来を見据えた段階的アプローチ
統合失調症は症状の波があり、治療反応性も個人差があります。そのため、以下のような段階的なアプローチが有効な場合があります。
3. 離婚後の関係性の設計
離婚を選択する場合でも、完全に関係を断ち切るのではなく、新たな関係性を構築することも考えられます。
統合失調症は長期的な経過をたどる疾患であり、その時々の状況に応じた柔軟な対応が求められます。離婚という選択肢だけでなく、様々な可能性を視野に入れて、双方にとって最善の道を模索することが大切です。