死因贈与とは、贈与者の死亡によって効力が生じる贈与契約です。民法554条に規定されており、贈与者が生前に受贈者と契約を結び、贈与者の死亡時に財産が移転する仕組みです。
遺贈との大きな違いは、死因贈与が「契約」である点です。遺贈は遺言者の一方的な意思表示(単独行為)であるのに対し、死因贈与は贈与者と受贈者の双方の合意が必要となります。このため、受贈者は生前から贈与内容を知ることができ、期待権を持つことができます。
また、方式面でも大きな違いがあります。遺贈は遺言によるため、自筆証書遺言や公正証書遺言などの厳格な方式に従う必要がありますが、死因贈与は書面による必要すらなく、口頭での合意でも成立する可能性があります。ただし、立証の観点からは書面化しておくことが望ましいでしょう。
死因贈与の効果として、贈与財産は相続財産ではなく、受贈者が直接取得することになります。ただし、税制上は遺贈と同様に相続税の課税対象となります。
離婚を検討している場合、死因贈与は重要な財産管理の選択肢となりえます。特に、法律上の配偶者がいながら事実上婚姻関係が破綻している場合、内縁関係にある相手への財産移転手段として死因贈与が利用されることがあります。
仙台高裁平成4年9月11日の判決では、法律上の婚姻関係が継続していても、事実上破綻している夫婦の場合、夫から内縁の妻に対する遺贈が有効と判断されました。この判決では、以下の点が考慮されています。
このように、婚姻関係の実質的な破綻状況や財産の取得経緯、贈与の意図などが総合的に考慮されます。ただし、単なる不倫関係にある相手への遺贈は公序良俗に反して無効とされる可能性もあるため、状況によって判断が分かれることに注意が必要です。
死因贈与は、離婚を検討している場合の財産保全手段として有効ですが、遺留分侵害の問題が生じる可能性があります。遺留分とは、一定の法定相続人に保障された最低限の相続分のことで、死因贈与によってもこの権利は完全には排除できません。
東京高裁平成3年6月27日の判決では、書面によらない死因贈与について、贈与者の死後、相続人が撤回できるとされています。これは民法550条の「書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる」という規定が死因贈与にも適用されるためです。
また、死因贈与契約後に行われた生前贈与に害意性が認められる場合、遺留分算定の基礎に含まれることがあります。ある事例では、死因贈与契約後の生前贈与(約3,000万円)に害意性が認められ、相手方は相談者に約8,200万円を支払うよう命じられました。
遺留分侵害対策としては、以下の方法が考えられます。
死因贈与契約は原則として撤回可能です。民法では、死因贈与にはその性質に反しない限り遺贈の規定が準用されるとされており(民法554条)、遺贈の撤回に関する規定も適用されると考えられています。
ただし、すべての死因贈与が自由に撤回できるわけではありません。特に注意すべき点として。
離婚を検討している場合の注意点としては、死因贈与契約を結んだ後に離婚が成立すると、元配偶者は法定相続人ではなくなるため、遺留分権利者ではなくなります。一方、内縁関係にある相手は法定相続人ではないため、遺留分権利者にもなりません。
また、離婚協議中に死因贈与契約を結ぶ場合は、将来の紛争を避けるため、公正証書で作成し、贈与の意思を明確にしておくことが重要です。
死因贈与の目的物が不動産の場合、受贈者の権利を保全するためには適切な登記手続きが重要です。特に離婚後の権利関係を明確にするためには、以下の手続きが有効です。
まず、死因贈与の大きな特徴として、遺贈と異なり「所有権移転の仮登記」(始期付所有権移転仮登記)を申請できる点が挙げられます。これは贈与者の生前に「贈与者死亡」を始期として所有権移転の仮登記をしておくもので、贈与者の将来の心変わりに備えて権利を保全する有効な手段となります。
この登記手続きは通常、贈与者と受贈者が共同で行う必要がありますが、死因贈与契約書を公正証書で作成し、その中で「贈与者は、贈与物件について受贈者のため始期付所有権移転の仮登記をなすものとし、贈与者は受贈者がこの仮登記手続を申請することを承諾した」という文言を記載しておけば、受贈者が単独で申請することも可能になります。
贈与者が死亡した後の登記手続きについては、原則として受贈者と贈与者の相続人全員で行う必要があります。ただし、死因贈与契約書を公正証書で作成し、その中で執行者(受贈者が兼ねることも可能)を指定しておけば、受贈者兼執行者として単独で死因贈与による所有権移転登記手続きを行うことができます。
離婚後の権利保全という観点では、以下の点に注意が必要です。
このように、死因贈与は遺贈のような厳格な方式が要求されていないにもかかわらず、遺贈と同じ効果が期待でき、しかも贈与税ではなく相続税が課税されるため、離婚を検討している方にとって有用な財産管理・移転の手段となります。
死因贈与と離婚時の財産分与は、異なる法的制度ですが、婚姻破綻時の財産管理において相互に影響し合う可能性があります。この相互関係を理解することは、離婚を検討している方にとって重要です。
財産分与は離婚に伴って行われる財産の清算であり、婚姻中に夫婦が協力して形成した財産を公平に分配することを目的としています。一方、死因贈与は贈与者の死亡時に効力が生じる贈与契約であり、相続とは別の財産移転手段です。
両者の関係で注意すべき点は以下の通りです。
婚姻中に形成された財産は原則として財産分与の対象となりますが、死因贈与契約を結んでいる財産についても、離婚時点では贈与者が所有権を有しているため、財産分与の対象となる可能性があります。
離婚後も死因贈与契約の効力は原則として維持されますが、離婚を機に契約を見直すケースも多いでしょう。特に元配偶者を受贈者としていた場合は、契約の撤回を検討することになります。
婚姻関係が事実上破綻している状態で、法律上の配偶者以外の者(例えば内縁関係にある相手)と死因贈与契約を結ぶ場合、その有効性は状況によって判断されます。前述の仙台高裁判決のように、婚姻関係の実質的な破綻状況などが考慮されます。
離婚により元配偶者は法定相続人ではなくなるため遺留分権利者ではなくなりますが、子どもがいる場合は子どもの遺留分が問題となります。財産分与で子どもに財産を移転しておくことで、将来の遺留分問題を軽減できる可能性があります。
実務上の対応としては、婚姻破綻時に以下の点を検討することが重要です。
婚姻関係が破綻している場合でも、法律上の婚姻関係が継続している間は配偶者の権利が存在するため、死因贈与契約の効力や遺留分の問題が複雑になることがあります。そのため、専門家のアドバイスを受けながら計画的に対応することが重要です。
死因贈与は、離婚を検討している方にとって、将来の財産移転を計画する有効な手段となりますが、財産分与との関係や法的効力について十分に理解した上で活用することが必要です。特に婚姻破綻状態での新たな死因贈与契約については、その有効性を確保するために法的アドバイスを受けることをお勧めします。