無戸籍者と離婚
無戸籍問題の基本情報
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無戸籍者とは
出生届が提出されていないため、戸籍に記載されていない日本国民のこと。全国で約760人以上が該当。
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主な原因
民法772条の「嫡出推定」制度により、離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定される問題。
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2024年4月の法改正
再婚後に生まれた子は現夫の子と推定する制度に改正。女性の再婚禁止期間も廃止された。
無戸籍者が発生する離婚後300日問題とは
無戸籍者問題の主な原因となっているのが、民法772条に規定されている「嫡出推定」制度です。この制度では、婚姻中に妊娠した子どもは夫の子と推定され、離婚後300日以内に生まれた子どもは婚姻中に妊娠したものと推定されます。
つまり、女性が離婚した後300日以内に出産した場合、たとえ実際の父親が前夫ではなく新しいパートナーであっても、法律上は前夫の子として戸籍に記載されることになります。この状況を避けるために、母親が出生届を提出しないケースが多く、その結果、子どもが「無戸籍者」となってしまうのです。
法務省の調査によると、2025年3月時点で全国の無戸籍者は763人おり、そのうち約74%が嫡出推定が原因で無戸籍になったとされています。無戸籍者は、住民登録ができないため、健康保険、義務教育、運転免許証やパスポートの取得など、多くの行政サービスを受けることができず、社会生活を送る上で深刻な不利益を被っています。
無戸籍者の実情と直面する困難
無戸籍者は、戸籍がないことで日常生活のあらゆる場面で困難に直面します。具体的には以下のような問題があります。
- 就労の困難: 身分証明ができないため、正規雇用が難しく、アルバイトですら就業が困難です。
- 教育の制限: 義務教育は受けられますが、入学に関する通知が届かないため、手続きが分からず通えないケースも多いです。
- 医療サービスの制限: 健康保険に加入できないため、医療費が全額自己負担となります。
- 金融サービスの利用制限: 銀行口座の開設ができません。
- 結婚の障害: 婚姻届に戸籍が必要なため、法律上の結婚ができません。
- 移動の制限: パスポートや運転免許証が取得できないため、海外渡航や車の運転ができません。
ある支援団体の代表者は「無戸籍だと就職や結婚ができない、病院に行けないなど、さまざまな困難にぶつかります。社会が『戸籍があって当然』という考えを改め、問題を認識することが解決の一歩となります」と語っています。
無戸籍者の実情に関する詳しい情報はこちら
無戸籍者問題解決のための民法改正ポイント
2024年4月1日に施行された民法改正により、無戸籍者問題の解決に向けた重要な変更が行われました。主な改正ポイントは以下の通りです。
- 再婚後の出生子の推定変更。
- 離婚後300日以内に生まれた子でも、母親が再婚した後に生まれた場合は、再婚後の夫(現夫)の子と推定されるようになりました。
- これにより、再婚している場合は、前夫との父子関係を否定する裁判手続きなしで、現夫の子として出生届を提出できます。
- 女性の再婚禁止期間の廃止。
- 従来の民法733条で定められていた離婚後100日間の女性の再婚禁止期間が撤廃されました。
- これにより、離婚後すぐに再婚することが可能となり、子どもの父親の推定に関する問題を回避しやすくなりました。
- 嫡出否認権の拡大。
- これまで父親(夫)だけに認められていた嫡出否認の訴えを起こす権利が、母親と子どもにも拡大されました。
- 血縁関係がない場合に法的な父子関係を否定する手段が増えました。
- 嫡出否認の訴えの期間延長。
- 嫡出否認の訴えを提起できる期間が、従来の1年から3年に延長されました。
- より長い期間、法的な救済手段を利用できるようになりました。
- 経過措置の設定。
- 改正法施行前に生まれた子やその母親も、施行日(2024年4月1日)から1年間に限り、嫡出否認の訴えを提起できる特例が設けられました。
法務省の担当者によると、「2020年の調査では、嫡出推定が原因で無戸籍になったケースの約35%は出産時に再婚していた。こうした人が今後、無戸籍にならずに済む見込みだ」とのことです。
民法改正の詳細と無戸籍問題解消への取り組みについて
無戸籍者の戸籍取得手続きと法的支援
無戸籍状態を解消するには、以下のような手続きが必要です。状況によって適切な方法が異なるため、専門家への相談が推奨されます。
1. 戸籍取得の主な手続き方法
① 母の元夫を父とする戸籍の記載を求める場合
- 法務局において母子関係の認定ができれば、裁判手続きなしで手続き可能
- 原則として、父母の離婚の際の氏を称し、その戸籍に記載される
② 母の元夫を父としない戸籍の記載を求める場合
- 以下のいずれかの方法で手続きを行う
- 親子関係不存在確認請求:元夫との間に親子関係がないことを確認する裁判
- 強制認知請求:実の父親に対して認知を求める裁判
- 嫡出否認の訴え:法律上の父子関係を否定する裁判(2024年4月の法改正で母親と子どもも請求可能に)
③ 医師の証明書による方法
- 離婚後に懐胎したことを医師が証明する書類があれば、元夫を父としない出生届の提出が可能
- 早産などで子の出生が離婚後300日以内であった場合に適用
2. 相談・支援窓口
無戸籍でお困りの方は、以下の窓口に相談することができます。
- 法務局・地方法務局:全国の法務局では無戸籍解消のための相談窓口を設置
- 市区町村の戸籍窓口:戸籍に記載するまでの手続きの案内
- 弁護士会の無料相談:法的支援が必要な場合の相談
- 日本司法支援センター(法テラス):法律相談や裁判費用の援助
法務省による無戸籍者向けのFAQと解決事例
離婚後の無戸籍リスクを避けるための対策
離婚後に子どもが無戸籍になるリスクを避けるためには、以下のような対策が考えられます。
1. 離婚前の対策
- 離婚時期の検討:妊娠中の場合、出産後に離婚手続きを行うことで、嫡出推定の問題を回避できる可能性があります。
- 別居の証拠収集:婚姻関係が破綻し別居していた期間の証拠(賃貸契約書、公共料金の支払い証明など)を保存しておくと、後の裁判で有利になる場合があります。
2. 離婚後の対策
- 再婚の検討:実の父親と再婚することで、2024年4月の法改正により、子どもは現夫の子として推定されるようになりました。
- 医師の証明書の取得:離婚後に懐胎したことを証明する医師の診断書を取得しておくと、出生届提出時に役立ちます。
- 早期の専門家相談:妊娠が判明した段階で、弁護士や法務局に相談することで、適切な対応策を検討できます。
3. 出産後の対策
- 出生届の適切な提出:状況に応じた適切な出生届の提出方法を検討します。
- 裁判手続きの準備:必要に応じて、親子関係不存在確認請求や強制認知請求、嫡出否認の訴えなどの裁判手続きを検討します。
無戸籍者問題における自治体の独自支援策
全国の自治体の中には、無戸籍者に対して独自の支援策を実施しているところがあります。これらの支援は、戸籍が取得できるまでの間の生活をサポートする重要な役割を果たしています。
兵庫県明石市の先進的な取り組み
明石市は2014年10月に全国に先駆けて「無戸籍者のための相談窓口」を開設しました。主な支援内容は以下の通りです。
- 総合的な生活支援:住居や生活費の相談など
- 教育支援:就学手続きのサポートや学習支援
- 法的支援:無戸籍問題に精通した弁護士の紹介
- 専門チームの設置:「明石市無戸籍者総合支援タスクフォース」による組織的支援
- サポートナンバーカードの交付:市役所内での手続きをスムーズにするためのカード発行
その他の自治体の取り組み例
- 住民票に準じた証明書の発行:一部の自治体では、無戸籍者に対して住民票に準じた証明書を発行し、行政サービスを受けられるようにしています。
- 予防接種や健康診断の実施:戸籍がなくても予防接種や健康診断を受けられるよう特例措置を設けている自治体があります。
- 就学支援:義務教育を受けるための手続きサポートや、学校との連携を行っています。
- 相談窓口の設置:無戸籍者専用の相談窓口を設け、個別のケースに応じた支援を行っています。
これらの自治体の取り組みは、無戸籍者の生活の質を向上させるとともに、戸籍取得に向けた支援を行う上で重要な役割を果たしています。お住まいの地域でどのような支援が受けられるか、各自治体の窓口に問い合わせてみることをおすすめします。
自治体の無戸籍者支援に関する詳細情報
無戸籍者問題の実例と解決事例
実際に無戸籍状態になった方々の事例と、その解決方法を紹介します。これらの事例は、同様の状況に直面している方々の参考になるでしょう。
事例1:医師の証明書による解決
状況。
花子さんは大介さんと離婚後、次郎さんとの間に子ども(松子さん)を授かりました。松子さんは離婚後300日以内に生まれたため、法律上は前夫・大介さんの子と推定されることを知り、出生届を提出していませんでした。
解決方法。
花子さんは市役所に相談し、医師が作成した懐胎時期に関する証明書(離婚後に懐胎したことを証明)を取得。これを添付した出生届を提出することで、無戸籍状態を解消しました。
事例2:DV被害者の事例
状況。
DV被害で前夫と別居していた女性が、離婚後9か月後に再婚した現夫との子を出産。離婚後300日以内だったため、法律上は前夫の子と推定される状況でした。
解決方法。
法務局に相談し、妊娠初期に通院していた病院で医師が作成した懐胎時期に関する証明書を取得。これを添付した、父親欄を空欄とする出生届を提出することで、無戸籍状態を解消しました。
事例3:強制認知請求による解決
状況。
A子さんはB男さんと結婚していましたが、DVに耐え兼ねて実家に身を寄せ、10年後に離婚。その後、職場の同僚C男さんと交際し、離婚直後に妊娠が判明。再婚後にD子さんが生まれましたが、離婚後300日以内だったため、法律上はB男さんの子と推定される状況でした。
解決方法。
弁護士に相談し、実の父親であるC男さんに対する強制認知請求(調停・訴訟)を行いました。裁判所はDV加害者であるB男さんを手続きに関与させず、DNA鑑定の結果、D子さんがC男さんの子であるとの審判を出しました。これにより、C男さんを父とする出生届を提出することができました。
これらの事例から、無戸籍状態の解消には、状況に応じた適切な法的手続きの選択が重要であることがわかります。早めに専門家に相談し、最適な解決方法を見つけることが大切です。
無戸籍状態の解決事例についての詳細
無戸籍問題は複雑で、解決には専門的な知識が必要です。しかし、2024年4月の民法改正により、問題解決の選択肢が広がりました。もし自分自身や周囲の方が無戸籍問題に直面している場合は、法務局や弁護士会の相談窓口を利用し、一日も早く解決に向けた一歩を踏み出すことをお勧めします。